時を経ても輝く宝石を、再び日の当たる場所へ
母や祖母から受け継いだ指輪や帯留め、若い頃に買ったペンダント――歳月とともに使わなくなったジュエリーを持つ女性は多いのではないでしょうか。こうした「箪笥(たんす)の肥やし」になったジュエリーを新たなデザインに作りかえるのが、ジュエリーリフォームです。
「ジュエリーのいいところは修理ができること。天然の宝石は何百年も美しさを保ちます。リフォームすることで、再び日の当たる場所に出していただければ」と話すのは、オーダーメイド専門のジュエリーディレクター・中村園子さん。細かく分業化されているジュエリー業界で、接客からデザイン・制作までを一人でディレクションする数少ない存在です。
中村さんがジュエリーディレクターへの道を目指したきっかけは、初めて就職した大手宝飾チェーンの生産仕入課でオーダーメイド制作の担当になったことでした。「ゼロからジュエリーができあがる工程を見るうちに、デザインに興味を持つようになったんです」。その後、転職してキャリアを積むかたわら、夜間の学校に通ったり、職人さんに教えを請うたりしながら、一つ一つの工程をマスターされました。「独り立ちするまでに20年かかりました。まさに紆余曲折ですね」と笑う中村さん。その言葉には、中村さんが夢に向かって丁寧に積み重ねて来た日々の重みが感じられます。
娘さんが、亡くなったお母さまを身近に感じたいと、形見のアメジストの指輪をリフォーム。依頼主の「見ると楽しくなるような指輪に」という言葉をヒントに、色とりどりの石を散りばめた。奥はリフォーム前の指輪に使われていたシルバーの台座。
指輪を手に、リフォームについて話す中村さん。写真右下は、この指輪のために描き起こしたデザイン画。このときは数パターンのデザイン画を描き起こした。アメジストのまわりの石は、中村さんが用意したものを使用したそうだ。
イメージを読み取り、ゼロからかたちをつくる
それぞれの宝石が物語を秘めている。
東京・青山にある中村さんのアトリエには、自分だけのジュエリーをオーダーする人々が訪れます。ゼロからつくりあげるオーダーメイドジュエリーには、お客さまとのコミュニケーションが欠かせません。「かつて、お客さまが描いた精巧なデザイン画のとおりに仕上げたところ『イメージと違う』と言われたことがあって。オーダーメイドジュエリーは、お客さま自身が気づいていないイメージを読み取ってかたちにして、初めて満足していただける。そのためには、お客さまがジュエリーにこめる思いを伺うことがいちばん大切です」
オーダーメイドの中でもジュエリーリフォームは、特別に気を使う点があるといいます。「お持ちいただいた石は、故人の形見やこれまで大切にしていらしたものなど、唯一無二のもの。無事に依頼主に戻すことが大前提です」。石にキズがある場合は本人に伝え、台から外す際に割れたりすることのないよう細心の注意を払います。
さらに、リフォームの動機もさまざま。「大切な人を身近に感じたいと譲り受けた石をリフォームするケースや、母と娘がそれぞれ持っていた石を合わせて一つのジュエリーにするケース……依頼の一つ一つに物語がある。話をじっくりと伺っておくと、デザインに迷ったときのヒントにもなります」
お母さまが義理のお父さまからいただいてずっと眠っていたオパールをリフォームした際に、娘さんの指輪から外したダイヤモンドをアクセントにあしらった。残ったダイヤモンドで、娘さんのイニシャルをモチーフにしたネックレスを作る予定。
金属を流し込む鋳型のためのワックスを削る中村さん。デスクはジュエリー制作専用のもの。
一人一人のイメージに合わせてデザイン画を何パターンも起こし、精緻な制作工程を経てつくり出されるオーダーメイドジュエリーは、手間と時間が必要な仕事です。「ときどき、どうしてこんなに苦しいことをやっているんだろう?と思うこともあるけれど、突き詰めて考えると、やっぱり依頼してくださった方の喜ぶ顔が見たいからなんですね。私にとってのジュエリーの魅力は、身につけた方の笑顔であり喜びなんだと思います」
ジュエリー用の道具類は、歯科と共通するものが多い。
削り出したワックス。指輪の台座の鋳型の元となる。
ガーネットの指輪をリフォーム。台座に洋彫りを施した。