ベテランの職人の手で、思い出の品が生まれ変わる
革製品のリペアやリメイクを行う「アトリエ8845(はちはちよんご) 」の本店があるのは、大阪・中央区のオフィス街の一画。母体である、株式会社林吾(はやしご)のビルの1階にショップが、2階にアトリエがあり、全国から寄せられるオーダーに対応しています。
林吾は、昭和16年創業の老舗袋物店。もともとハンドバッグなどの製造卸が本業ですが、10年ほど前からリメイクを行うようになりました。きっかけは、百貨店に革製品のリペアやリメイクを相談するお客さまが増え、「ベテランの鞄職人がいる林吾なら対応できるのではないか」と声がかかったことだそうです。
アトリエ8845に立ち上げから携わる相澤孝行さんは「それまで、お客さまから修理に関して相談が寄せられることはなかったので、当初はデフレ経済の影響で、一時的にリペアやリメイクの需要が生まれたのかなと考えたんです。けれども依頼は増える一方で、これはデフレのせいだけではないなと。日本でも『気に入ったものを大切に長く使いたい』と考える方が増えつつあるのを実感しました」と当時を振り返ります。
増え続ける依頼に後押しされ、アトリエ8845を設立して10年。アトリエでは、革製品のクリーニングから、染め直し、パーツ修理、リペア、リメイクと幅広く手がけています。革製品の修理の多くは、元の状態に近づけるリペアですが、アトリエ8845の特徴は、バッグの革を使って財布にするなど、カタチを変えるリメイクも行っていること。「私たちの強みは、製造卸のメーカーだということ。バッグづくりのための素材も機械も職人もそろっていますから、お客さまの細かなリメイクのオーダーに応えることができるのです」(相澤さん)
クロコダイルのハンドバッグ(写真後方)の革を使ってリメイクした財布。昔のバッグは天然のクロコダイルを使っており、上質な革が多いとのこと。財布にリメイクする場合は、背にあたる部分だけカーフレザーを用いることでクロコダイルが折れるのを防ぐなど、長年の経験に基づく細かな工夫が施されている。
オーストリッチのバッグをリペアしつつ、サイドと取っ手にワイン色の革を使ってアクセントをつけたもの。リメイクにあたって、お客さまの希望を伺い、元の革に新しい革をプラスすることもある。手前の円形の革を束ねたものが、新しい革のカラーサンプル。
使うほどに愛着がわき、大切に使えるモノづくりを
思い出深い革製品を、ずっと使い続けるために
リメイクならではの苦労もあるそうで、マネジャーの林照晃さんは「既製品の場合は新しい材料でゼロからつくりますが、リメイクの場合は、いったんすべて分解することが多いので、マイナスからのスタートになるんです」と話します。さらに、限られた材料でひとつひとつお客さまのご希望に応えるため、オーダメイド以上に手間と時間がかかるそうです。
そうした細かな手作業を担当するアトリエ8845の職人・竹田勇さんと藤原久雄さんは、ともに鞄づくり一筋数十年というキャリアの持ち主。それだけのベテランでも、例えばハンドバッグを財布にリメイクするにはで数日かかるといいます。「ですから、リメイクの費用は決してお安くなく、場合によっては新品を買ったほうが安いことも。それでも、ぜひにとお願いされるお客さまが多くいらっしゃることに、そのモノにこめられた思いを感じます」(林さん)。
ビジネスバッグの取っ手の部分の修理。取っ手やボタン、ファスナーなどのパーツは、できるだけ元のパーツを活かすよう心がけているが、壊れている場合はお客さまの了解を得て新しいものに替える。アトリエ8845にはパーツも豊富にそろっている。
アトリエで修理を行う竹田勇さん(左)と藤原久雄さん。二人とも鞄職人として蓄積した経験を、リペアやリメイクの仕事に活かしている。「できあがったものを見たお客さまから御礼のお手紙をいただくと、喜んでいただけたんだなと嬉しくなります」(藤原さん)。
お客さまから依頼の際に添えられた手紙には「母が大切にしていたバッグを、もう一度使えるようにしてほしい」といったものが多いそうです。また東日本大震災後には、津波で亡くなられた方の形見のバッグをきれいにしてほしいという依頼もあったとのこと。「革は海水に浸かってしまっていましたが、できる範囲で最大限の努力をさせていただきました」(林さん)。
「リメイクを手がけるようになってから、お客さまから『ありがとう』という言葉をいただくようになりました」と話す林さん。「やりがいもありますが、長く使い続けるためのお手伝いをさせていただく責任も感じます。今後は、製造卸の分野でも、使うほどに愛着のわくモノづくりを目指していきたいと思っています」。
上質な革をたっぷり使ったスカートをトートバッグに。
リメイクに使う道具類。ひとつひとつの作業に合わせ、使う道具もさまざま。
一度ほどいたバッグを、再び丹念に縫い上げていく。根気のいる作業だ。