娘の幸せを願う気持ちを佳き日のドレスに仕立てる
肌に吸いつくようになめらかな絹地に、鶴、松、牡丹といった吉祥柄が描き出す華やかな世界――振袖や留袖をはじめ打掛、白無垢といった慶事の着物は、和装の中でも別格の華やぎを誇ります。「着物は日本が誇る素晴らしい文化。若い人たちの着物離れが進む中、ドレスとして袖を通してもらえれば」と話すのは、着物をリメイクした「着物ドレス」の第一人者・若槻せつ子さん。
若槻さんのもとには、日本各地から「思い出の着物をドレスにしたい」と願う人々が訪れます。「こちらのドレスは、お嬢さまの結婚式のお色直しのために、お母さまの振袖をリメイクしたものなんですよ」と、お母さま、お嬢さまの振袖姿の写真とともに見せていただいたのは、薄いイエローとピンクが若々しいドレス。胸元と裾に舞う蝶が印象的です。「実は、この着物は、お母さまが成人式を迎えるときに、おばあさまにつくっていただいたものだそうです。その着物をお母さまから受け継いだお嬢さまは、とても気に入って大事に着ていたとのこと。そしてご結婚が決まったときに『大切なゲストを心からもてなすために』と、おばあさま、お母さま、そしてご自身の思いのつまった振袖をウエディングのドレスにリメイクしたのです」
このドレスを振袖として着ていたときの写真。左がお母さま、右がお嬢さま。
完成したドレスを見たお嬢さまとお母さまはたいへん喜ばれたそうです。「亡くなったおばあさまも、ドレスとともに結婚式を見守ってくださったことでしょう」(若槻さん)。
お嬢さまがお母さまの振袖をリメイクしたドレスの裾の部分。子孫繁栄を象徴する蝶、長寿延命の菊、豊さをあらわす牡丹などが描かれている。柄が合わない部分や途切れる部分には手刺しゅうを施して柄をつなぐなど細部にまで配慮することで、美しいドレスとして生まれ変わる。
鮮やかなグリーンの縁取りが全体を引き締めた、モダンな印象のドレス。胸元の蝶は、着物の柄の一部を切り抜いて刺しゅうを施したものを縫いつけている。「着物のどこを残して、ドレスのどの部分に使うか。『型入れ』と呼ぶこの作業が最も難しく、丸1日以上かけて熟考します」。グローブにもグリーンをコーディネートして若々しく。
かけがえのないコレクション 日本の良いものを次世代へ
白無垢から生まれたドレス
ふたたび、花嫁を彩る
アパレルの世界で活躍していた若槻さんが、着物の素晴らしさに目覚めたのは二十年ほど前のこと。「当時はバブルがはじけて結婚式が地味になっていた時代。白無垢や打掛を着る人も減って、貸衣装の婚礼衣装が処分されていたんです」。ある日、偶然そうした場に居合わせた若槻さんは「こんなに素晴らしいものを処分するなんて」とショックを受け、その打掛を譲り受けました。「とにかく一枚の絵として美しい。なんとか残したいと思ったんです」。これがきっかけとなり、若槻さんは婚礼衣装を集め始めます。「打掛や白無垢が一般に着られるようになったのは、高度経済成長期からバブル終えんまで。
30年ほどの間に、贅ぜいを尽くし技を競って作られたものがほとんどで、今では職人さんがおらず、再現できないものもあります。絹糸からできている着物は、ある程度の歳月が経つと朽ちてしまうもの。袖を通せる状態のうちに着てもらうことが、私の使命だと思うのです」
レンタルの着物ドレスの中でも人気が高い、昭和50年代の白無垢を使ったウエディングドレス。ひとつひとつ結び玉を作る「相良刺しゅう」がぜいたくにあしらわれている。
白無垢を、長いリボンがアクセントのドレスに。「360度視線を浴びる花嫁だからこそ、後ろ姿も美しく仕立てることにこだわっています」
思い出の着物をドレスにしたケースでは、お姉さまが結婚式のためにリメイクしたものを、妹さんがサイズを直して、やはり結婚式で着たこともあるそうです。「生まれたお子さんのドレスに変えたり、ウエディング用から普通のパーティー用に仕立て直したりと、何度でもリメイクさせていただきます。そのために、残った布地はすべて大切に保管していただいています」
最近は「若い人にも着物の良さが見直されつつあるようなんです」と嬉しそうに話す若槻さん。和装の婚礼衣装のニーズが増えていることに応え、コレクションの白無垢や打掛の着物レンタルを始めるなど、活動の幅も広がっています。「着物文化を若い世代に伝え、袖を通してもらえることが喜び。これからは海外の方にも着物ドレスを知っていただきたいと思っています」
どうしても柄が欠ける場合は、着物の他の部分から探してきたパーツを縫いつける。
かんざしやバッグなどの小物も、着物ドレスに合うものを若槻さんがセレクトしている。
四季が描かれた打掛は、若槻さんのコレクションの一部。紅葉の部分は漆箔で表現されている。