蒔絵の可能性を広げたパールとの組み合わせ
日本の伝統工芸を生かしたモノづくりをモットーとするブランド「KARAFURU」のオーナー兼プロデューサーである黒田 幸さん。「もともとは編集者としてモノに関わる取材をさせていただくことが多く、その時にモノづくりの現場や作家さんに興味を持ちました。その後、歌舞伎の興行関連企業に勤めた時に、新規事業開発として歌舞伎の衣装や小道具などの職人さんの技術を生かしたモノづくりに関わりました。江戸時代から400年続く柄などを使った雑貨などを企画するうちに、伝統工芸にますます魅かれるようになったのです」
やがて、スピードと収益のバランスが求められる企業の一員としてではなく、自らが良いと思うものをじっくりと育てたい――そう考えるようになった黒田さんは、2011年に「KARAFURU」を設立。「カラフルという名前には、英語のCOLORFULの持つ色とりどりという意味と、さらに多彩な文化というイメージを込めました。『ふるいものから』という言葉遊びもかけています」
【左】パールに金を蒔く高畑さん。繊細な筆づかいで1点1点仕上げていく。
【右】蒔絵パールの作品を紹介する黒田さん。現代的なセンスで蒔絵の新たな可能性を拓く。
こうして自ら立ち上げたブランドで、試行錯誤を繰り返す中から生まれたのが「蒔絵パール」。「もともと蒔絵は可能性のある技術だと感じていて、金を使って絵を描く点もジュエリーと相性がいいと思っていました。でも黒や朱の漆の上に金を蒔くと印象が強すぎて、普段に使うのは難しい。それでは何の上に蒔絵がのっていれば素敵なのか考えたところ、白と金の組み合わせだろうと。そこからパールに行き着いたのです」
けれども、パールには蒔絵がのりにくいという問題がありました。それを解決してくれたのが、京都の漆屋・佐藤喜代松商店を営む佐藤貴彦さんです。佐藤さんは、黒田さんからパールに蒔絵をのせたいという相談を受けて「面白いなと思い、協力させてもらいました」と当時を振り返ります。
伝統工芸への熱い思いを語る黒田さん。
蒔絵パールを前に、これまでの道のりを振り返る2人。
黒田さんのスケッチ。現在、市松模様を新柄として検討中。
佐藤喜代松商店の代表取締役・佐藤貴彦さん。乾きやすい漆や紫外線に強い漆など、進化系の漆の開発にも取り組んでいる。
蒔絵の伝統的なモチーフを生かしたデザインが美しいぐい呑みは高畑さんの作品。
「麻の葉」柄のピアスとリング。麻の葉はすくすくと真っ直ぐに成長することや、「魔除け」の意味があるとも言われ、赤ちゃんの肌着や産着などの模様にも用いられる。
KARAFURUオリジナルの桐箱。鱗紋様を花のかたちに並べたデザイン。決して後ずさりしない蛇の鱗をモチーフにしたとされる説もあるこの紋様に思いを込めた。
「花格子」(右)と「鱗紋様」(左)。ピアスは、それぞれの柄について、片方だけに柄のあるシングルと両方に柄のあるペアの2種類がある。
ネックレス。洋服に合わせてもモダンな印象に。
京都の蒔絵師の技が伝統柄に新鮮さをもたらす
佐藤さんは、パールに特殊な塗料をコーティングすることで、蒔絵が可能になる方法を提案。さらに、新進気鋭の蒔絵師・高畑志寿賀さんを黒田さんに紹介しました。「同じ作品でも、作家さんによって仕上がりが変わってくるのが蒔絵。ジュエリーに蒔絵を施すなら、フェミニンな作風の高畑さんが適任だと思い、展示会で二人を引き合わせたのです」(佐藤さん)。
黒田さんから蒔絵パールの話を聞いた高畑さんは「面白いところに目をつけられたなと思いました」と話します。「それまでも琥珀や貝などのアクセサリーに蒔絵を施すことはあったのですが、パールはやったことがなかったんです」。黒田さんは「和の伝統柄は良くも悪くも印象が強いので、普段のお洋服に合わせにくい。そこをクリアするために幾何学的な柄にして、日常使いできるものにしたいと、高畑さんに相談しました」。そんな黒田さんのリクエストに応え、高畑さんは菊や花格子といった柄を提案、2人のキャッチボールの中から伝統柄を生かした構図のピアスが誕生しました。
蒔絵パールに向き合う高畑さん。「麻の葉」の紋様を描く筆先に一切の迷いはない。
こうして生まれた「蒔絵パール」はその新鮮さが幅広い世代に受け入れられ、「KARAFURU」の定番商品に成長。今では月に百点近くを生産しているとのことですが、その一点一点に高畑さんがていねいに蒔絵を施しています。黒田さんは「好きな図柄を注文できるオーダー会も好評ですし、今は新柄として京風の市松模様などを検討しています」と声を弾ませます。
日本国内はもとより、海外でも人気を博している「蒔絵パール」。伝統に支えられたモダンな美しさは、「伝統工芸を日常生活で使えるものに」という黒田さんの夢を乗せて、さらに大きく羽ばたこうとしています。
漆で下絵を描いたのち(後ろ)、金を蒔く(手前)。
蒔絵に使う金粉。蒔く面積に応じてさまざまな種類を使い分ける。
高畑さんが蒔絵に使う筆。繊細な模様を描くため、筆先は細く長い。熊野筆を使うことが多いという。
漆をテレピン油でのばし、固さを調整する。
佐藤喜代松商店の工場。さまざまな漆が桶にストックされている。
蒔絵パールの工程
1. 下絵
細い筆を使い、パールに漆で下絵を描く。
2. 金を蒔く
金粉を蒔く。筆を用いてふんわりと撫でるように蒔いていく。
3. 磨く
数日間漆が乾くのを待ち、磨く。漆の乾き具合により、鯛牙(たいき:鯛の歯を用いた道具)や、セーム革などを使い分ける。